[Diary]同意的文化

さよなら録音ラジオサーバー

立て続けにラジオ録音アプリが消えていきます…また他のアプリで対応しつつ、有料アプリを検討しています。何しろ、あまりにも高層集合住宅が増えすぎたせいなのかFMすら雑音なしでは聴くことができませんし、段々と時間すら番組に合わせることができなくなり、録音ができないとなればもはや聴かないという方向に向かうしかありません。アーカイブもないとなれば、一回ぽっきりですから。

「リスラジ」さんの行動はラジオ放送文化の寿命を更に早めてしまっているようにも見えます。実際そうでしょうね、10代の子どもたちはほぼ以前からある形態のラジオを聴くことをしていません。あと20年もたないのではないかと思ったりもしています。「テレビ番組を見る人が減った」というのも、アーカイブ的な存在である配信なしではより早くそうなっていたことでしょう。人気のあるものイコール、普段お客がアクセスしやすい状態にあるものです。誰でも、に加えて、いつでも、手軽に、がキーワードでしょう。正しさが事業を支えてくれる時代はもう終わりました。もう正しさを支えるだけのお客人口がないのです、アングラ扱いの部分を一切なくした清潔な事業は、お客の能動的な要素を許すことがありません。ある程度大人であれば何となくわかる話ですが、「まあこの程度なら」という許容部分が少しもない場合、一度飽きたら戻ってきません。大人の社交にはマナーはありますが、法律で取り締まろうという無粋なことはありませんよね。「大人としてこれ以上の振る舞いはいけません、そうですよね?」といった同意で成り立つ場がどんどん減っていくことは、文化の衰退そのものを指すと私は考えます。白か黒でしか語ることができず、グレーをグレーのまま維持するのはひとつの集団的テクニックです。

もうレインボータウンFMを気軽に聴くことはないだろうなと思っています。手軽さがないということは、はっきりしたお目当てがなければブラウザを開いて聴く理由がないということです。今までありがとうございました。

大げさでしょうか?