17歳だった時のおはなし

1999年、私たちは17歳でした。

私の親友は、いつ死ぬかわからないような子でした。この時彼女は人生で2回目の手術を受け、おばあさまからの報せを受けて入院中にも1回、退院してからもお見舞いを兼ねて行ったのです。ある身内と鉢合わせしないように調整しながら。

彼女の叔母とその娘、従姉は彼女の死を願っていました。治療なんてほとんどできないようなからだの身内が早く死ねば自分の相続の取り分が多くなるといって、彼女の家の隣に住む私たち家族に「その邪魔をするな」と言いに来たことがあるほど、彼女たちは先祖からの財産にとりつかれていました。まるで病気のように見えました。姪の友達がいる前で勉強机の抽斗を全部開けて覗いたり、姪の友達に何かを(おばあさまから)貰わなかったかと問い詰めたり。

彼女の価値は彼女のものであって、身内であっても他者から見た価値に優先するとは思いません。

財産収入だけで暮らす彼女たちと違って、私は働いた収入で生活する労働者の家庭の人間ですから、「お金や財産は個人に自由を与えるのでは」と思いがちでしたが、実際私の目にした本物の資産家たちはそうではありませんでした。首を絞めあいながら暮らしていました。

「私は○○になりたいのに、親に税金がかかるから何もするなって言われてるの」という相談事は、よく深刻な親子関係と一緒に私と2人きりの場で複数の同級生から聞かされました。私は必ず、その人が自分をちゃんと管理できそうか考えてから「…親と別の住所に住めば、その仕事をして自分で税金を払って労働者と同じように暮らすことができる」と伝えていました。親と同居し、仕事で外に行く時間のない子、そしてその配偶者という人々の間に自殺者がとても多かったのです。

近所に、私たちが一緒にたんぽぽを摘んで綿毛を飛ばしたり、本で読んで知った「ツクシ」を取って「どうやって昔の人はこれを料理したのかしらね」なんてお喋りしていた空き地がありました。そこにも、そのような親子がいたのです。新婚の息子夫婦はできたての新築の前にガソリンを撒き、火をつけて全員死にました。息子夫婦、そして赤ちゃんもろともいなくなったのです。それは私たちが生まれる少し前に起きたことでした。

17歳だった私たちは、30歳になってお別れをし、私はイコンの前で彼女と、彼女のおばあさま・おじいさま、おかあさま、そしておにいさまのために祈っています。このうち2人は、川に身を投げて死にました。間違いなく自殺はタブーですが、あまりにも間近にそれを感じながら過ごしたので、咎めるように考えることすら私にはおこがましいと考えています。

もう誰もいないからです。